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東京地方裁判所 平成5年(レ)182号 判決

原告

益子功

被告

有限会社アスカモータース

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

控訴人は、「原判決を取り消す。被控訴人は、控訴人に対し、七一万円四〇〇〇円及びこれに対する平成四年六月三日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、主文と同旨の判決を求めた。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  売買契約の締結

控訴人は、平成三年九月三日、被控訴人との間でホンダベンリイCD九〇(北区つ三三九一、以下「本件車両」という。)を代金一五万七〇〇〇円で買い受ける旨の売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結した。

2  交通事故の発生

控訴人は、平成四年六月三日午後一二時三〇分ころ、本件車両を運転して東京都豊島区西巣鴨四丁目交差点に差しかかつた際、本件車両がエンストを起こして停車したため、エンジンを始動したところ、本件車両が急発進し前方で信号待ちのため停車していた普通乗用車に衝突する事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

3  本件事故発生に対する被控訴人の責任原因

本件事故発生の原因は、以下のとおりである。

(一) 控訴人は、平成四年二月ころ、エンジンオイルがなくなり、エンジンが焼け、エンジン内部から異音がしたため、被控訴人に代車を出して点検するように依頼したが聞き入れられなかつた。また、控訴人は、同年四月下旬又は五月初旬ころ、オイルレベルゲージで確認できないほどエンジンオイルの量が減つていたため、被控訴人に本件車両を持参したが、閉店間際であり、自分のオイルを入れて急場を凌いだ。この時にも、控訴人は、被控訴人に対し、代車を提供するように依頼したが、聞き入れられなかつた。

(二) 本件事故の原因は、オイルがなくなつたような切迫した事態において、保証書にも不具合が生じた場合には部品の交換及び補修を行うと明記してあるように、被控訴人には右各時点で代車を提供して本件車両の点検・修理を行うべき義務があつたのに、これを怠つたことによるものである。

また、本件車両は、引渡を受けてから短期間のうちに不具合が生じ、修理しても右不具合が改善されなかつたことからすると、欠陥車両であつて取引上要求される一定の品質を備えているとはいえないから、被控訴人には売主として不完全履行があり、これも本件事故の原因である。

(三) 被控訴人には、右各義務違反があるから、民法四一五条により、控訴人が本件事故により被つた損害を賠償すべき責任がある。

4  保管義務違反

控訴人は、平成四年六月六日、本件車両を被控訴人に持参した際、被控訴人との間で、本件車両をメーカーに持つて行かれると証拠湮滅のおそれがあるので、絶対にメーカーに持つていかないことを条件として、本件車両を被控訴人において保管する旨の寄託契約を締結した。しかし、被控訴人は、本件車両を株式会社ホンダ二輪東京(以下「ホンダ二輪東京」という。)に持つて行き、右契約に基づく保管義務に違反した。

被控訴人には、右保管義務違反があるから、民法四一五条により、控訴人が右保管義務違反により被つた損害を賠償すべき責任がある。

5  売買契約の解除

控訴人は、被控訴人に対し、平成五年一月五日、右各債務不履行を理由として本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。

6  損害の発生及び額

被控訴人の債務不履行により、控訴人は、本件事故の相手方に対し修理費用として支払つた一〇万円、車両代金の倍額三一万四〇〇〇円、及び慰謝料三〇万円の合計七一万四〇〇〇円の損害を被つた。

7  よつて、控訴人は、被控訴人に対し、右債務不履行に基づく損害賠償及び本件売買契約解除に基づく原状回復として、七一万四〇〇〇円並びにこれに対する本件事故発生の日である平成四年六月三日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する認否

1  請求の原因1(一)の事実は認める。

2  同2の事実は知らない。

3(一)  同3(一)の事実のうち、控訴人が平成四年四月下旬から五月初旬のころに本件車両を閉店間際に被控訴人に持参したこと、その際、控訴人が被控訴人従業員に対し代車を貸すように求めたことは認めるが、控訴人が、平成四年二月ころ、エンジンオイルがなくなり、エンジンが焼け、エンジン内部から異音がしたため、被控訴人に代車を出して点検するように依頼したが、聞き入れられなかつたことは否認し、その余は知らない。

(二)  同3(一)及び(二)の事実は否認し、主張は争う。

4  同4の事実のうち、控訴人が平成四年六月六日に本件車両を被控訴人に持参したこと、被控訴人が本件車両をメーカーに持つていかれると証拠湮滅のおそれがあると述べたこと、被控訴人の従業員が本件車両をホンダ二輪東京へ短時間持つていつたことは認め、その余の主張は争う。

5  同5の事実は否認する。

6  同6の事実は否認し、主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、原審及び当審記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求の原因1(売買契約の締結)の事実は、当事者間に争いがない。

二  甲三の1、2、四の1ないし3、五、六、乙三、四に弁論の全趣旨を総合すれば、請求の原因2の事実(交通事故の発生)が認められ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

三  請求の原因3(本件事故発生に対する被控訴人の責任原因)について

1  同3の事実のうち、控訴人が平成四年四月下旬か五月初旬ころに本件車両を閉店間際に被控訴人に持参したこと、控訴人が被控訴人従業員に対し代車を貸すように求めたことは、当事者間に争いがなく、甲二、六(控訴人作成のメモ)、八、一二(原審証人小林久男の証言の反訳書)、一三(原審における被控訴人代表者小針不二夫本人尋問の反訳書)、乙二(原審証人亀倉康悦の証言の反訳書)、三(原審における控訴人本人尋問の反訳書)、四(前記小林久男の証言の反訳書)、五(前記被控訴人代表者本人尋問の反訳書)、に弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、甲六ないし八、乙三の部分中、右認定に副わない部分はいずれも措信できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件車両の保証書には、保証の内容として、「お買いあげいただいた弊社製造のお車を構成する部品に材料または製造上の不具合がおきた場合、この保証書に示す、期間と条件に従つて、これを無料修理いたします」と記載され、保証期間は、新車を登録した日から一年間とされている(甲二)。

また、右保証書には、保証できない事項として、「次に示す費用は負担致しません。」と記載され、「二輪車を使用出来なかつた事による不便さ及び損失など(電話代、レンタカー代、休業補償、商業損失等)」と記載されている。被控訴人では、好意で代車を貸し出すことがある。(甲二、一三、乙五)

(二)  控訴人は、平成三年一一月末ころ、カストロール製の安価なエンジンオイルを入れていたが、平成四年二月下旬か三月上旬ころ、被控訴人に本件車両を持参し、エンジンの焼ける臭いがし、エンジン内部からも音がすると言つた。そこで、被控訴人の従業員である小林久男(以下「小林」という。)がホンダの純正オイルを入れて点検をしたところ、エンジンをかけてしばらくして焼ける臭いがなくなり、エンジンの内部からの音もかなり小さくなつた。そこで、小林が本件車両に試乗することになり、少し乗つてみたところ、だんだん音が無くなつた。小林は、控訴人に対し、本件車両の性能が悪い場合、無償修理できると説明し、点検するために預からせてほしいと話をしたが、控訴人は本件車両を毎日使つているとして被控訴人に預けなかつた。(甲一二、乙四)

(三)  控訴人は、平成四年四月下旬か五月上旬ころ、本件車両のエンジンオイルが減少したとして、本件車両を被控訴人へ持参した。その際、被控訴人の従業員である小針秀樹は、本件車両のエンジンオイルの残量を点検したところ、オイルレベルゲージで確認できないほど減つていたため、控訴人に対し本件車両を預かり点検させてほしいと申し出た。しかし、控訴人は、代車の提供を求めたものの、被控訴人所有の代車が出払つており、貸すことのできる代車がないとして代車の提供を断られたため、本件車両を被控訴人に預けることを拒絶して、家にあるオインを入れるけどいいかと述べて本件車両を持ち帰つた。その後、控訴人は、被控訴人に対し、本件車両の点検を求めることはなかつた。(甲八、弁論の全趣旨)

(四)  平成四年六月三日、前記のとおり、本件事故が発生した。その際、控訴人は、左足を地面につけて、本件車両のアクセルを少しふかし、右足でキツクしたが、本件車両のクラツチを握つていなかつた。(甲六、乙三)

(五)  本件事故の当日、控訴人は、被控訴人のパテオ店に本件車両を持参し、本件車両の欠陥が原因で本件事故が生じたとのクレームをつけた。このため、小林が本件車両を点検したところ、エンジンオイルは正常に入つており、また、エンジンもスムーズにかかり、急発進することはなく、さらに、小林が試乗したところ何らの異常も感じられなかつた。もつとも、本件車両のステツプバーが曲がつていてギヤーの変換に支障を来し得る状態であつたので、小林は、右ステツプバーを叩いて修理した。(甲一二、乙四)

(六)  本件車両は、自動車の場合と異なり、電子機器により変速関係の機能を制御するものではなく、運転者がギヤークラツチを操作して、変速したり、動力を伝達し、エンジンの回転もスロツトルの開け閉めによつて増減するものであつて、機械本体の方で自動的に作動することは一切ない。(甲一二、乙二、四)

2  右事実によれば、次のように考えることができる。

(一)  控訴人は、本件事故の原因が本件車両の欠陥にあると主張する。しかし、右争いのない事実及び認定事実によれば、本件事故当日の小林による点検では本件車両のエンジンオイルは正常に入つており、また、小林による試乗の結果によつてもエンジンに特段の不具合がなかつたのである。なるほど、控訴人は、本件事故前において、本件車両を被控訴人に持参し、エンジンオイルの減少又は欠乏による不具合を被控訴人に対し訴えてはいるが、エンジンオイルの減少又は欠乏から起こり得る故障は、エンジン等の焼きつき及びこれに起因するエンジンの停止であり(乙二により認める。)、このような故障が本件車両の急発進の原因になるとは考えられない。これらの点に、控訴人は本件事故直前に本件車両のエンジン作動のためキツクしたときにクラツチを離していなかつたのであつて、控訴人の操作ミス又は誤作動が本件事故の原因である可能性が高いこと、エンジンオイルの減少又は欠乏は、控訴人による低簾なオイルの使用又は控訴人自身のオイルレベルの点検不備が起因しているとも考えられることを参酌すると、本件車両に構造的欠陥があり、これが本件事故の原因となつたと認めるのは困難である。

(二)  控訴人の主張する代車を提供して本件車両の点検・修理を行うべき義務を怠つたという点については、一般的に代車を提供することが販売店の義務であるとはいえないだけでなく、本件車両の保証書には、代車を提供することは保証の内容とはならない旨の記載があり、特に被控訴人が控訴人に対し代車を提供する旨を約したことを認めるに足りる証拠もないこと、保証書記載の無料修理を行うべき場合に該当することを認めるに足りる証拠もないことから、被控訴人に債務不履行があつたということはできない。そして、〈1〉控訴人が本件車両のエンジンオイルが減少又は欠乏したとして二回にわたり本件車両を被控訴人に持参した際、被控訴人は控訴人に対し、いずれの場合も本件車両を預からせて点検させてほしい旨を申し出ているのに対し、控訴人がいずれの場合も自己使用の必要性を述べて本件車両を持ち帰つていること、〈2〉控訴人が平成四年二月下旬又は三月上旬ころに被控訴人に本件車両を持参し、エンジンの焼ける臭いがし、エンジン内部からも音がすると述べた際、小林がホンダの純正オイルを入れて点検をしたところ、エンジンをかけてしばらくして焼ける臭いがなくなり、エンジンの内部からの音もかなり小さくなつたため、小林が本件車両に少し乗つてみたところ、だんだん音が無くなつたというのであるから、右時点では、エンジンはそれほど傷んでいなかつたと認められること、〈3〉その後も、控訴人は、本件事故が発生するまで、被控訴人に対し、本件車両の点検を求めることはなかつたことを総合すると、控訴人が本件車両を被控訴人に持ち込んだいずれの時点においても、直ちに点検、さらには整備を行う切迫した事態にあつたとはいえない。結局、控訴人が本件車両を被控訴人に持参したエンジンオイルの減少又は欠乏を訴えた際、被控訴人が本件車両の点検・整備を行わなかつたとしても、これをもつて債務不履行があつたということはできない。

四  次に、請求の原因4(保管義務違反)につき、判断を進めることとする。

1  乙二、四に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、これに反する甲六ないし八、乙三の記載部分は、いずれも採用できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

前認定のとおり、控訴人は、本件事故当日である平成四年六月六日、被控訴人のパテオ店に本件車両を持参したが、その際、この本件車両で事故を起こしたのだから、本件車両が悪いから預かれと言つた。そこで、小林が分解してみないと分からないと言つたところ、控訴人は、メーカーは信用できないから分解するな、本件車両で事故を起こしたのだから置いていくと言つたため、被控訴人が本件車両をやむなく預ることとなつた。(乙四)

小林は、本件事故の原因が分からなかつたため、控訴人が証拠湮滅のおそれがあるので本件車両を分解したり手をつけてはいけない、責任を持つて預かつてほしいとは言つていたが、本件車両をホンダに持つて行つてはいけないとは言つていなかつたため、本件車両を分解しなければいいと考え、販売会社である株式会社ホンダ二輪東京(以下「ホンダ二輪東京」という。)城東本社のサービス課長であつた亀倉康悦(以下「亀倉」という。)に意見を聞こうと思い、平成四年六月八日の午前一〇時三〇分ころ、本件車両をトラツクに積んでホンダ二輪東京に持ち込んだ。亀倉は、小林がユーザーの方で触るなと言つていたと伝えたため、外観検査をし、キツクをしてみたが、エンジンはかけなかつた。小林は、ホンダ二輪東京にいたところ、小針からすぐに帰るようにとの電話が入つたため、ホンダ二輪東京には一〇ないし二〇分程度いただけで、すぐに本件車両をトラツクに積んで戻つた。(乙二、四)

2  右事実によれば、小林は、本件車両をトラツクに積んでホンダ二輪東京に持つて行つた(ホンダ二輪東京はメーカーではない。)が、これを亀倉に見せて意見を聞こうとしただけであり、本件車両を分解していないし、ホンダ二輪東京には一〇ないし二〇分程度の短時間しかいなかつたというのであるから、あくまでも本件車両の保管主体は、控訴人から保管を依頼された被控訴人であつて、被控訴人がホンダ二輪東京に対して本件車両の保管を委ねたわけではないから、これをもつて控訴人が主張するように直ちに寄託契約の趣旨に反するということはできないし、他にホンダ二輪東京への運送方法が特に不相当なものであつたことを窺わせる証拠もない、また、控訴人は、分解をしたり、手をつけてはいけないことを保管の条件としたが、他に特段の保管条件を付したことを認めるに足りる証拠はないのであるから、被控訴人が特に控訴人の付した保管条件に反しているとはいえず、被控訴人に保管義務違反があるとの控訴人の主張は理由がない。

五  そうすると、結局、被控訴人には控訴人の主張する債務不履行はなく、その余について判断するまでもなく、控訴人の請求はいずれも理由がない。

以上の次第で、控訴人の請求はいずれも理由がないからこれを棄却すべきであつて、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、民訴法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 南敏文 大工強 湯川浩昭)

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